~神さまの愛の中で、ともに育ち合う~ -愛の心-

2025.03.11

~神さまの愛の中で、ともに育ち合う~ -愛の心-

年長組における日々の礼拝、話し合いの中で、年少組や年中組の子どもたちとの接し方、関わり方について考えることがあります。「優しくしてあげる」「おもちゃは貸してあげた方がいい」などと、模範解答が返ってきますが、そのような年長児でも外遊びの時に、自分の使いたい遊具、場所を一番に独占して、「僕(私)がまだ使っている」と主張し、年少児が使えない光景が見られるものです。

 子どもたちは、まだまだ自己中心的な時があります。言葉(頭での理解)と実際(自分の思い・心)が、なかなか結びつかないものなのです。

 子どもたちの善悪の判断、つまり何が善いことで、何が悪いことなのかを判断することは難しいことです。幼児期は模倣性が強く、人の真似をします。保育者、母親、父親、周りの大人の言動や行動が、知らず知らずのうちに子どもに影響を与えています。お母さん、お父さんが我が子のことを一番に考えることは、親として当然の思いです。しかし、自分の子どもだけに目をかけ、お友だちの成長、幸せなどが眼中に無いと、子どもも自己中心的になっていく、一つの要因となるのではないでしょうか。

子どもたちの身近にいる大人が、先入観で人を見たり、偏見的な気持ちで人を見ると、子どもたちも知らず知らずのうちに、そのような価値観を持つようになるのではないでしょうか。逆に、子どもたちの身近にいる大人が、お友だちや子ども同士の育ちを共に喜び、また、公平な気持ち、態度で人に接していると、子どもたちはそのような価値観が大切だと思い、知らず知らずのうちに身についていくでしょう。

人を大切に思うことや相手の気持ちになって考えること、人を愛することは、私たち大人は知識として教えることはできるでしょう。しかし、大切なことは、ともに生活しながら、知らない間に心から心へと伝わることです。

本園はキリスト教保育を実践しています。子どもたちは、神さまの愛を感じる空間である幼稚園で過ごしています。そのような環境で過ごすことで、子どもたちは知らず知らずのうちに神さまの愛を感じているでしょう。また、礼拝で神さま、イエスさまのお話を1年間、2年間あるいは3年間、聴き紡いできました。神さま、イエスさまは、私たち一人ひとりを愛し、守り、受け入れてくださる方です。子どもたちは、イエスさまを通して神さまの愛に気づく人に育っていると信じています。今後様々な人と出会う中で、どのような立場になっても、隣人とともに生きる人間、自律した人間になることができるでしょう。

未来を生きていく子どもたちが、本当の意味での人間性をもった人に育ってほしいと願い、豊かな人生を歩まれていくことを心から祈っています。

  

保育者として、父親として 赤木敏之